2012年08月19日

セキセイインコの自由

私は夢の中で胸の中に一羽のセキセイインコを抱きしめて私が昔住んでいた土地を自宅に向かって歩いていました。
私ともう1人誰かが一緒に歩きながら、私は胸の中で逃げないように抱きしめているインコを気にしながら歩いていました。

途中の広場などには他の綺麗な色をしたセキセイインコや他の鳥達が沢山いて、私はこの胸の中にいる子がそっちにいかないようにその子を手にさらに隠しながら移動したのでした。
だって外の子たちと触れ合ったりしたら病気が移ってしまうから。危ないから。
そう思って絶対近づけさせないとその子を守りながら移動していました。

そしてやっと家に着き、ほっとして胸の中に抱いてたインコを手から出してみました。
するとその子はとても羽根がボサボサで手入れも何もされてない状態で、顔も貧相な感じになっていました。
私はそれらに意識がいかず、ひたすらその子のほっぺをなでなでしていました。
なでられてる間、その子はじっと目をつむって気持ち良さそうにしてるところで目が覚めました。



起きてから、ぼんやり疑問を感じました。
ただひたすら守りながら来たけど本当にそれでよかったのか?
本当にその子にとってそれが良かったことだったのか疑問に感じたんです。
外界からの病気であったり困難や障害からひたすら守ってたけれど、
確かに病気になったり困難は無かったかもしれないけれど、
家に帰ってみてその子を手からだしてみて、
手入れもされずにぼさぼさの羽毛、貧相なまま変わってない顔、

本来の鳥ならばもっと美しい羽根になってて生き生きと飛び回ったりするはず。
その子だってそれが出来たはず。
それなのに私はただ守りたい一心で、その子の自由や可能性を奪ってしまっていたんじゃないか、
尊重していなかったんじゃないかと起きてから思ったのでした。
夢の中の私はただ守りたい一心でした。

「守る」という気持ちや行為はもしかしたら時として、
そのように相手の気持ちや自由や可能性を尊重することを忘れてしまいがちに
なってしまうのかもしれない、と考えさせられる夢でした。

私達が真に成長するためには、ただ全てから守られた環境にいてはそれが望めないということかもしれません。

相手の自由を尊重しその人の光という可能性を信頼すること。
その上で必要な時にそっと手を貸すことが出来るようになれたらと最近は思っています。
その人がその人らしく本来の自分の意思で何でも出来るようになってもらいたいと思うのです。

それは私自身の課題でもあると思いました。


ただ守りたいと思うのは愛情ではありますが、自分のエゴでもあるのだなぁと今回の夢で感じました。

もしかしたら世の母親も子を守るってこんな気持ちなのかなぁと
(鳥と一緒にするなと思われたら申し訳ないですが、私にはその小鳥がわが子のように感じたので)
うっすら思ったのでした。


夢って面白いですね。
私の気付きの半分以上はもしかしたら夢からかもしれません。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
愛と感謝を込めて
posted by えみ at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢日記