2013年11月28日

街中の激安看板を見て感じること

最近、よく街中にある
【マッサージ60分2800円!!】
等の激安看板を目にすることがあります。

多分昔から色んな場所にこのような看板はあったのだと思います。

1時間もマッサージしてもらって2800円なんてすっごい安くて魅力的に感じるかもしれませんね。
私も一時期はそうでした。
今はそういう看板をみても魅力を感じなくなりましたし、
やって貰いたいと思えなくなりました。
それは何故なのでしょうか?

何故魅力を感じなくなったのか、私なりに感じたことをシェアしていこうと思います。



病気になってから仕事も辞めて収入なんてなくて、あってもアクセサリーの売り上げが少し位だし、
とにかく夫の稼いだ生活費からマッサージ代を使わせてもらうのは罪悪感が大きかった。
それにアクセサリーの売り上げはセミナーやスクール、新しい材料の購入に回したかったんですよね。
なので身体にお金をかけるということを病気になってからはほぼしていませんでした。

身体にお金をかけるのは最低限病院代と、1年に1度の美容院カット料金、
発作が良くなるかもと始めたホットヨガ、
発作が起きないようにするための様々な品物を許可をもらって
買って使わせてもらっていました。
これだけでも結構家計に負担です。

なのでほんとに辛いときに安いマッサージ屋さんなんかを見つけると、
3000円ならお願いしてみようかな・・・
と夫に許可を貰ってお願いすることもありました。

だけど、病気になってからいまだかつてそれで1度として満足したことは無かったように思います。
大体マッサージしてもらったけど、それで終わり。
その時は気持ちいいんだけど・・・それで終わり。
終わった後逆に何か頭が痛くなったことも数度あります。

スピリチュアルの世界のこととか、エネルギーのこととかを学んだり経験したことと、
それらの安いマッサージを受けた後の経験から、
安いからといって安易に体を委ねることは自分には合っていないと感じたのです。

そのマッサージが合う人もいるだろうし、必要な人もいるはずなので、これは
あくまでも私自身の為の見解です。

エネルギーのことを学び始めると、
エネルギーは高いところから低いところへ流れていき、
お互いが同じエネルギー量になるまでその現象は続く、
なんて感じのことを知ることになると思います。

それって人と人の間の見えないエネルギーの間でも起こるわけです。
この前の記事でも書いたように、怒りながら料理をすると、その気が料理に入ってしまいます。
その料理を食べると、味は変わらないのに不味く感じたり味気なく感じたりするのです。
私の場合は、自分が作った料理なのに発作を起こしました。
それと同じことがマッサージでも起こるということです。

私が折角マッサージしてもらったのに頭痛になったり、特に感銘を受けたりがなかったのは、
そういうエネルギーの部分で自分の身体に合わないことがあったからなんじゃないか?
と思ったのです。

もしかしたら施術者が疲れてたり、何か心のうちに怒りをため込んでいたりしたら、
それが無意識のうちに自分の中に流れ込んでいたりまたは逆流している可能性もあるということです。

感銘を受けなかったり、特に次また来たいと思えないことは、
その施術者さんが例えばお金を稼ぐためだけに仕事をしていたりしたら、
自分のキャリアアップの為だけに働いてたのだとしたら、
そこには私という存在はないわけで、その人は自分の為にマッサージをしていることになります。
自分に関心がない人の処に人は何度も通いたいとは心情的に思わないと私は思うのです。

金額が安いからすべて自分に合わない場所なのかと問われたら、
そういうわけではないと思います。
逆に高ければ良いのか?と問われても、
そういうわけではないと思います。

安い場所でも愛をもってお客と真摯に向き合って施術されてる方も
沢山いると思いますし、
高くても、相手から搾取することだけを考えて、
見栄えやサービス内容ばかりが先走って、心がこもってない場所も沢山あると思います。

私はもう安いところを何件もはしごして、その愛ある人たちを探し出すのは
何度も痛い目にあったので、やらなくてもいいかなぁという気持ちです。

高いよくあるエステ系も漫画描いてて収入があったころはたまに通っていましたが、
ここも商業ありきでなんというかシステマティックで居心地が良くなかったように今では思います。

そういうもろもろのことを経験したり学んだりしてから、
それらの激安看板をみても心が動かされることが無くなりました。
街中で発見しても、
「へーそうなんだ・・・ずいぶん安いけど
安いのにはやっぱり理由もリスクもあるよなぁ・・・」
という具合です。

私は良く街中でいろんなものを見つけてじっと見つめていたりするのですが、
その大半は、別に魅力を感じて見つめているのではなく、
それまでの経験と自分の今の気持ちを反芻している瞬間なのです。
その瞬間は自分の心が今どう感じているかを感じ取ろうとしている時間でもあります。

激安側の意図や動機がどのようなものかで
自分たちが受け取るものが大分変ってくるというおはなしでした。

次はじゃあ何に私は魅力を感じるのだろう?
ということについてシェアしようと思います。




読んでくださってありがとうございます。
この記事がみなさんの一助となれば幸いです。
posted by えみ at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の気付き