2013年06月17日

好きって気持ちの力

今日ふっと洗濯物を干してた時に思ったことです。

好きって力は大きいなぁって。

そんなことを昔のことを思い出しながら、改めて感じたのです。


私は今の夫と結婚する少し前に、付き合っていた5歳年上の別の人がいました。
長いことお付き合いをしていて、最後の頃には同棲をしていました。
でも私は相手をそこまで好きではありませんでした。
どちらかというと情と依存に近かった気がします。
私は自分にとても自信のない人間だったので、

「もうこの人と別れたら新しい人とは出会えないかもしれない」
「長い間付き合ってるから情があって別れられない」
って思っていました。

しかも相手はお金にルーズな人だったので、
毎回何かの度に当時学生だった私からお金を借りる人でした。
そのお金ももったいなくて、せこい私は毎回貸した金額をメモしていたのです。
「貸したお金を全額返して貰ったら別れようかな」
とずっと思って付き合っていたのです。

最後の方はもう、
「この人とこのままずるずる結婚するのかなぁ・・・」
などと漠然と思いながら、とても重い気持ちだったのを覚えています。


今、こうして改めて書いてみると、自分がどれだけ相手と自分自身に失礼で
誠意の無い生き方、接し方をしてたんだろう・・・って思います。
本当に本当にごめんなさい。


そんな今と当時を振り返ってみて、決定的に違うなと思うのは、家事をやるときです。
当時はまだ家事に慣れてなかったというのもあるかもしれませんけど、
相手の為に家事をやりたいと思えなかったんです。
特に相手の服や下着を洗濯するのは嫌でした。
自分の服もあるから仕方なく週1でやってたみたいな感じです。
元から部屋の片づけも苦手だったのもあって、片付けとか掃除はほとんど
やらなかった気がします。
当時私は作家活動でずっと作品を描いてたので、半分昼夜逆転の生活でした。
朝も相手が出社する時に一瞬起きて、見送ってすぐ二度寝する。
朝ごはんも作らない。

まだ付き合ってる段階だったから許された生活だったんだと思いますが、
本当に当時は自分のことばっかりで相手の為に家事をするのが嫌でした。
むしろ相手の世話をするっていうのがとても嫌でした。
なんで私がお母さんの代わりをしないといけないの?という気分だったんです。


そんな人の為に家事をするのが苦痛と感じるような私が、
今では夫の幸せの為に、夫と自分の為に自分が出来ることを喜んでやりたいと
思っています。
洗濯だって全く苦痛じゃないし、苦手な掃除や片づけも、何とか自分なりに頑張っています。
むしろ愛する夫の世話を出来るのは私の特権であって、関われることに幸せすら感じるのです。
とにかく相手の全てが愛しくてたまらないのです。

人を好きになるって凄いことだなぁと改めて思いました。
人を本当に好きになると、その人の為に働けるようになる。

愛は人を動かすって本当なんだなと実感しています。

余談ですが、それじゃあ自分をもっと愛せるようになったら、
自分の為にもっともっと沢山動けるようになるってことですね。
今気づきました。


この愛しい、大好き、愛してる、っていう気持ちを自分以外、
家族以外の沢山の人達に向けることができるようになったら、
もっともっと沢山の人の為に働けるようになるってことなのかなって思いました。

愛のとても大きい人たちはこれを世界にむけて普通にやってるんですよね。

愛は自分のハートから自然と湧き上がるものであり、
自然と体がそう動いてしまうような情動であり、
その行動は同情や自己満足とは違う、
その行動には自分という自我よりも、
他者の為を願う祈りに近い。

他者の喜びが自分の喜びとなる、

それが愛というもの。
posted by えみ at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の気付き
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